海闊天空

海や空のように、どこまでもつづく思想を綴っていくブログ

チョコワ

今でもチョコワを時々朝食に食べる。

子どもの頃は、よく親に頼んで買ってもらっていた。

「ザ・日本の朝食」を作ってくれる母は、正直チョコワを子どもには食べさせたくない人だったと思う。

今思うと、両親共働きで、出勤時間の早い公務員として働きながら毎日朝食を作ってくれていた母を尊敬し、感謝しかない。

 

チョコワ

久しぶりに日記を書いているが、今最大の悩みはどれで日記を書いていくかである。

はてなブログ、note、スレッズ、Twitter、紙も捨てがたい。

今の時代、様々なサービスがある中で、みんなどういう基準で選んでいるのだろうか。

はてなブログで書き始めた以上、ここで書き続けるのが良いのか。

というか、なぜはてなブログを使い始めたんだっけか。

夏休み


お盆休みを利用して、3泊4日で福岡に遊びに行ってきた。
福岡には島(私の地元)の友達がたくさん住んでいる。
島には高校までしかないため、ほとんどの子たちは高校卒業と同時に島を離れる。私の同級生の多くは福岡に進学し、私もその一人だ。

私が福岡での学生生活を楽しく過ごすことができたのは、この人たちのおかげだと思う。今でも変わらず仲良くしていて、そのことに感謝している。

基本的には飲み会が中心の遊びだ。男女ともみんなお酒が強く、居酒屋が大好き。結婚している人もいくつかいるが、みんな予定を調整して集まってくれた。

 

弐ノ弐の青菜炒め

 

地元の飲み会は基本的に生産性のない内容だ。次の日には忘れてしまうような、意味の分からないことでみんなゲラゲラ笑い、冗談を言い合うそんな飲み会。しかし、地元の飲み会に限っては、生産性のない楽しいひとときが良いと思う。それが楽しい仲間たちなのだ。もし会社の同僚と同じような飲み会をしても、楽しくはならないと思う。

 

次の日、4人で車でドライブに出かけた。朝5時半から太宰府天満宮を訪れたり、糸島の白糸の滝に行った。前夜遅くまで友人と話していたため、ほとんど寝ていない状態だ。

糸島ではイワナ釣りを楽しんだ。しかし、私たち4人とも一匹も釣ることなく終わってしまった。一回あたり1,500円の料金で、これはなかなか良い商売だと感じた。もうすることはないだろう。

 

保険イワナ

 

福岡では毎年お盆になると人がいなくなる。みんな田舎に帰省したりするのだろう。また、意外かもしれないが、福岡には特に目立った観光スポットが少ないことも理由の一つかもしれない。なので福岡はホリデーシーズンに人混みを避けたい時の穴場である。

 

最終日には姉家族に会うことができた。甥っ子と姪っ子も久しぶりに会ったらすっかり大きくなっていた。

甥っ子と作った恐竜

 

 

福岡の友人たちと再び会う日を楽しみにしている。

 

 

デジタルデトックス

元同僚の友達2人が一日お試しデジタル・デトックス - Wikipediaを実行したらしい。

スマホの電源を一日中切って、築地市場に足を運んだそうだ。

当然ながら、Google MapもSuicaも使用できず、道を尋ねたり、電車の切符を手に入れて改札を通過したとのことだ。

2人の感想によれば、「非常に良かった」「またやってみたい」「日本人の親切さを実感した」「対話の重要性を再認識した」という印象だった。

デジタルデトックスを実践することによって、デジタルメディアによるストレスが軽減されたり、集中力が向上する可能性があるようだ。

私も以前からその興味を抱いており、ぜひ挑戦してみたいと思っている。

しかし、彼らのように一日中スマホをオフにして、完全にデジタルゼロは難しい。ちなみに彼ら2人は現在ニートだ。

まず、私の職業柄、WEBデザインの仕事にはPCが不可欠だ。

また、会社内のコミュニケーションツールはSlackやGoogle Meetsといったデジタルなツールを使用しており、平日の業務中はこれらを使う必要がある。

さらに、友達との予定が入っている日などに、連絡に気づかなかったら相手に迷惑もかかってしまう。

このブログを書くのにもPCを使っている。ブログを書き始めて2日目で終了の危機に立たされているではないか。

 

 

ここで、パラケルスス - Wikipediaの言葉を思い出した。

すべての物質は毒であり
毒で無いものは無い
容量が毒と薬を区別する

この言葉は、ドラマ「アンナチュラル」でも登場した。

この言葉の通り、水やビタミンですら、摂取する量によって体に好ましい効果が表れるのか、毒となるのかが決まる。過剰な摂取は毒となり得るのだ。

デジタルの世界も同じだ。実際、デジタルメディアからは多くの情報や利益が得られる。

SNSなどを通じて有益な情報を入手することもあるし、私の場合はデジタル技術を習得することで、現在の職業を得ることができた。

しかしながら、過度に使用しすぎれば、その恩恵が毒に変わることもあるだろう。パラケルススの言葉が指し示すように、バランスを保つことが重要である。

 

現在の私が改善したいと思っている課題は、無意識にスマホを手に取りSNSを閲覧してしまうこと、そして休日の午前中をほとんどSNSチェックで潰してしまうこと。

これらの癖を改善し、効果的な時間の使い方に変えていくことが私の目標だ。

私は比較的頻繁にインスタのストーリーズを投稿している。

しかしこれからは、その投稿を中止し、代わりにZINE - Wikipediaを制作することを考えている。具体的には、ストーリーズに写真をアップするのではなく、半年間の写真を一つのZINEにまとめるつもりだ。

私は以前からZINEに興味を持っており、このデジタルデトックスの機会を活かして、楽しく取り組むことができるのではないかと考えている。

 

バランスの良いデジタルデトックスをすることによって、人間の忘れていた機能・能力の開発、進化に向けての活用が広がり、小さなエネルギーを感じ取ることができるような気がする。

全てのことにおいてチャレンジは必要だが、無理は禁物。周りの理解を得ながら、デジタルを少しずつ切り離していく。

前向きな30代

このブログを書いている時点での年齢は29歳である。

昨日、九州に住んでいる友達とLINEで会話をしている最中に、友達が急にこう述べた。

「うちら30という数字を前向きに捉えてる系アラサーになろう」

私ともう1人の友達もその提案に深く同意した。LINEグループには計3人が加わっている。

20代は特別な時期であり、その期間にしか達成できないことが多い。30代が迫ってくるにつれて、20代で成し遂げられなかったことについて考えることが多くなってきた。

 

しかし、タラレバ言っていても時間は待ってくれない。今この瞬間も30代は迫っている。

それゆえ、30代を前向きに受け入れようという考えを持とうと昨日、思うことが出来た。

 

LINEグループの2人とは福岡に住んでいた時に、20代を一緒に遊んだ仲だ。

社会人になると、予定が合わなくなったり、住んでいる場所もそれぞれ福岡・熊本・東京と離れてしまった。

そうした時間の空白を埋めることができればよかったと思うこともあるが、30代になるとしても、私たち3人の友情は消えてしまうわけではない。

もしかすると、結婚や子育てなどで自由な時間が制約されることもあるかもしれないが、それでも私たちは20代以上に楽しむつもりだ。
ちなみに、今度のお盆には福岡に遊びに行く予定であり、その際、私たち3人に加えて1人を交えてパジャマパーティー - Wikipediaを行うことになっている。

 

その+1人には私が来ることは伝えず、サプライズで行く予定である。

何かしらのサプライズをすることが大好きな私たちは、いくつになってもこうした楽しい企画を実行することだろう。

 

以前、父親に「一番楽しかった時期はいつだったか」と尋ねたところ、彼は40代だったと答えた。

仕事も子育ても安定してきた40代は、確かに父の趣味のバンド活動や海での遊びなどで充実した日々を送っているように見えた。

20代の終わりに差し掛かっている私にとっては、まだ30代までしか視野に入っておらず、40代などという年齢を考えることすらなかった。しかし、父の経験を通じて、その年代でも楽しみや充実感があることを知り、新たな希望が芽生えた。

世の中の状況がどのように変化していくかは分からないが、未来が今よりもっと良い世界になっているという希望を持ちながら、毎日を生きていくことが大切だろう。